ジュリア先生のコラム「医療通訳の心構え」掲載 - 一般社団法人日本医療通訳協会

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ジュリア先生のコラム「医療通訳の心構え」掲載

2018/08/30

当協会のスタッフでもある医療通訳講師ジュリア・クネゼヴィチ先生のコラムです。
このコラムは「日本会議通訳協会」の現役通訳者のリレー・コラム(第31回)から転記させていただきました。

医療通訳者としての心構え

ジュリア・クネゼヴィッチ

医療通訳者の心構えといえば、どなたでも「中立性」や「患者さんとの適度な距離」をまず思い浮かぶでしょう。正直、悩みますね。現場からいくつかの事例を出しながら、医療通訳者に求められている心構えについて考えたいと思います。

まず、日本の医療現場からのいくつかの事例を取り上げたいと思います。東南アジア出身の女性患者さんが自宅で妊娠検査をしてから旦那さんと一緒に来院しました。問診表の時点から国際診療部から呼び出され、通訳ではなく、デジタル版の問診票を記入するお手伝いしました。女性は英語を少し理解する程度でしたが、旦那さんは日本語も英語の流暢な話者でした。問診票の時点で、長期滞在者であることが分かりましたし、皆保険(国民健康保険)に加入していたので医療費には問題ないであろうと考えていました。旦那さんからは女性の婦人科を希望するとのリクエストがありましたので、宗教により理由かどうかとすぐに聞きました。答えは「はい」でした。総合受付の事務職員にすぐ婦人科の看護師に患者さんの要望と宗教上の理由であることを伝え、調整をお願いしました。スケジュール上の調整がうまくいき、女性の婦人科に診てもらうことになりました。

ここで宗教をあえて伝えた理由についてですが、オーストラリアの医療現場からイスラム教の患者さんの特別なニーズをよく聞かされたからです。同期のアラビア語の通訳者と大変仲が良く、保健師に子供の定期検診や予防接種を通訳する際、ワクチンンには豚の成分が含まれているかを気にするイスラム教のお母さんが多くいると知りました。ハラル食のニーズ、5回の礼拝などは多文化共存の授業で学んでいたが、ワクチンまでは恥ずかしながら把握していませんでした。このようなバックラウンドの知識から日本の医療現場にも患者さんはイスラム教であるため、特別なニーズが発生する可能性があると自己判断をし、医療従事者に伝えました。厳密にいえば、距離を置かれた「中立性」ではないが、医療行為に影響しそうな要因でしたので倫理上は正しいかと思います。診察の際にもすべての質問に対して、旦那さんは答えていましたね。「最終月経はいつですか」との確認の際にも団さんが答えていました。通常の場合、DVの典型的な象徴である「支配」を真っ先に疑われますが、携わったイスラム教の患者さんにとっては旦那さんを通してコミュニケーションしていくことは自然そのものでした。私も訳していて、少しの違和感はありましたが、患者さんのバックグラウンドを尊重し、医療チームの一人として対応しました。診察室では、患者さんの妊娠が確認され、産科医への紹介で終わりました。

次にはメンタルヘルスの海外の医療現場を取り上げます。若い日本人の女性の患者さんが緊急入院をしたとエージェントから電話があり、翌朝に行くように言われました。院内患者さんであったため、私が先に診察室に入り、精神科の医師と二人で患者さんを待っていました。患者さんは少し疲れていた様子で入ってきました。日本人の通訳者を期待したか私を見って、少し驚いた様子でした。患者さんは憧れの海外留学でメルボルンに来て、国際パーティーで男性と知り合い、妊娠を機にいわゆるスピード婚をされた方でした。出産後、赤ちゃんへの授乳を拒否し、育児放置との疑いがあったため、保健師から精神病院に電話があり、緊急入院をされました。赤ちゃんは看護師がミルクを与え無事でした。日本では珍しいポニーテール、ジーンズ姿の精神科医が主治医でした。医師からはHow are you feeling today?(今日のご機嫌はいかがですか?)と聞かれると、患者さんは顔を下ろし、何も言わずに少泣き出しました。医師がデスクの隅にあったティッシュボックスを彼女に渡し、It’s OK. We will talk when you are ready. (大丈夫ですよ。準備が出来たら話しましょう)と言い、二人で患者さんを見守りました。私の隣に座っている患者さんがとても辛そうで泣くと私自身も患者さんの気持ちに共感をし、異国で赤ちゃんを産み、きっと疎外感に追われ、鬱になっただろうなと思いました。悲しい気持ちになりましたが冷静な態度で患者さんが泣き止むのを待ちました。その後は診察がスムーズに進み、また翌朝に再診となりましたが、帰宅した後には患者さんのことが頭から離れず、なかなか眠れませんでした。患者さんは2週間ほど入院されていて、ほぼ毎日通訳していました。母乳に影響しない抗うつ剤や臨床カウンセリングを通して、自殺願望がなくなり、患者さんは無事に退院できたが、私は帰り道の電車で日記を書き、自分の気持ちをコントロールしていました。幼稚時代のいじめ、引きこもろ、虐待、家庭崩壊などの話で眠れないこともありましたが、精神疾患の患者さんの辛さをより理解するために研究論文などを読み理解を深めることで少し対処できたかと思います。

最後には、若い女性の子宮がんが確認された患者さんとスリーランカの男性と結婚したものの家庭内暴力を受け、シングルマザーとして一人息子を育ち、緑内障の手術を受けた高齢者の患者さんの話をしたいと思います。どちらの場合も女性として共感できることが多く、交際相手がいって、子供を考えていたが、その夢は一瞬でなくなったことによるショックや絶望感と病弱で透析治療を受けていて、心疾患も持っている高齢者の患者さんの不安を痛感しました。後者の場合、眼圧検査など医師の施術前の説明など待つ時間が多く、患者さんがアジア人として直面した差別なども聞かされました。何かをしてあげたいという気持ちはすごくありましたね。息子さんから電話があり、迎え時間が遅くなるとの連絡があり、患者さんはとても悲しいそうでしたが、通訳者としては見守るしかありませんでした。同じ言語を話すだけで親戚なみに接触してくる患者さんに対しては「適度な距離を置きなさい」という規定は試される場合はありますが、患者さんのバックグラウンドやニーズ、患者さんの疾患をより理解することにより患者さんのケア(いわゆるPatient First)につながるかと思います。私にとっての医療通訳者の心構えはPatient Firstです。